大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4751号 判決 1997年1月30日
住所<省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
大深忠延
同
斎藤英樹
東京都中央区<以下省略>
被告
太知商事株式会社
右代表者代表取締役
A
(右送達場所)大阪市<以下省略>
千葉県浦安市<以下省略>
同
Y1
被告ら訴訟代理人弁護士
竹内清
主文
一 被告らは原告に対し、各自金二五〇万円とこれに対する平成七年二月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余の部分を被告らの負担とする。
四 この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実および理由
第一請求
被告らは原告に対し、各自金四、八〇二、一二〇円とこれに対する平成七年二月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 請求原因の要旨
1 原告は産業廃棄物処理業を営む男性、被告太知商事株式会社(以下「被告会社」という)は商品先物取引について一般委託者等からの受託を業とする証人取引員、被告Y1(以下「被告Y1」という)は原告が被告会社と商品先物取引を行った当時被告会社大阪支店の外務員であったものである。
2 原告は被告Y1の勧誘を受けて、平成六年四月四日、被告会社に対し、東京工業品取引所等の商品市場において商品取引を行うことの約諾書を差し入れ、右約諾に基づいて同月四日、被告会社を通じて東京工業品取引所において金二月限三〇枚の買建をした(以下「本件売買」という)。原告は本件売買の委託証拠金並びに追証として以下のとおりの金員を被告会社に支払った(後三者は追証)。
平成六年四月四日 金二、二五〇、〇〇〇円
平成六年四月一三日 金一、一二五、〇〇〇円
平成六年四月二六日 金一、一二五、〇〇〇円
平成六年八月二四日 金一、一二五、〇〇〇円
3 右委託証拠金等合計金五、六二五、〇〇〇円の内金四、三七二、一二〇円は原告の行った本件売買の売買損に充当され、残金一、二五二、八八〇円は原告に返還された。
4 原告は本件商品取引によって被った前記四、三七二、一二〇円の売買損は被告らの不法行為によって原告が被った損害であるという。原告は被告Y1は不法行為の実行行為者であり、被告会社は共同不法行為者またはその使用者であるから民法七〇九条、七一〇条、七一五条によってその賠償義務があるという。原告は取引売買損のほか、金四三万円の弁護士費用をあわせて損害として請求する。
5 原告が被告らの行為を不法行為と主張する理由は以下のとおりである。
(一) 原告が行った取引は商品先物取引と称されるものであるが、商品先物取引はその仕組みが複雑で危険性の高いものであるから、十分な理解力と判断力を備えたものがその危険性を納得した上でかつ余裕資金によって行うべきものである。しかるに原告は投機取引の知識も経験もなく、余裕の資金も持たず先物取引を行うには不適格の人物であった。
(二) 被告Y1は本件取引が投機性の高い先物取引であるのにその仕組みや危険性について十分な説明をせず、かえって金貯蓄などの貯蓄商品と同様の取引であると誤信させた。被告Y1は本件取引を原告に勧誘するにあたり「金で年四パーセント以上の利回りがとれます」「銀行ではとれない利回りです」などという利益についての断定的判断を提供した。
(三) 一方Y1は原告に本件取引を勧誘するにあたり、金価格が一、四五〇円程度まで上昇するとの断定的判断を提供し、その価格が一斉に上がっている、来週あたり火を噴く、明日値段が吹っ飛ぶ可能性がある、等と原告に誤解を与える文言を使って強引な勧誘を行った。
(四) 原告のような商品取引の知識経験の全くないものには少なくとも相当の習熟期間が必要であるのに、被告Y1は新規委託者である原告に最初の取引開始時点で金三〇枚の買建玉を行わせた。
(五) 被告Y1は原告に追証がかかる事態になってもこれを放置し手仕舞いを勧めずかえって追証拠金の徴収におよんだ。
(六) 本件取引の以上の態様に鑑みるときは、本件取引は公序良俗に反する違法なものであって不法行為を構成する。
二 取引の違法性の関する被告の主張
被告らは本件取引が違法であるとする原告の主張を争う。その主張の要点は以下のとおりである。
1 原告が客観的にみて世上の一般人よりも是非弁別の判断力が劣り自らの意思意欲も他に表示できない人物であるという事実はなく、原告が先物取引を行うについての不適格者であるという事実はない。のみならず原告は独自の相場観を有していたものである。我国商品取引法は専門的な知識経験を有しない一般市民がこの種取引に参入することを当然予測しているのであって、原告は十分に取引の適格性を有する。
2 貯蓄商品と誤信させた、利益が生ずるという断定的判断を提供したという事実はいずれも否認する。一体この種取引にあって損失発生の危険があることは公知の事実であって、原告は取引の開始にあたっては危険開示告知を受けてこれを了知している。かかる状況の下で勧誘員が現に勧める取引の有利性を述べてもそれが「断定的」なものであるはずがない。
3 平成三年一〇月二日から実施された受託業務管理規則は「外務員の判断枠」として外務員の独断で二〇枚を超える受託が出来ないことを定めているがこれはあくまでも外務員の独断を禁ずるものであり、自ら取引を求めた原告の建玉に妥当するものではない。
4 追証の状態の時でも業者に手仕舞いの義務は発生しない。まして本件においては原告は追証の提供時には入金がなければ建玉を処分するとする被告Y1に対し、自ら追証を入れることを申し入れて処分の回避を要請したのであるから原告の主張は理由がない。
三 争点
1 本件取引の違法性。
2 原告の損害額。
四 証拠
本訴記録中の書証目録並びに証人等目録のとおりであるから引用する。
第三争点についての判断
一 証拠によれば以下のとおり認められる。
1 原告は昭和三七年○月○日生まれであり、a高校を卒業後b短期大学の土木学科に進学したが大学一年で同校を中退した。その後電化製品の部品販売会社に就職し八年間ほど勤務したが、平成三年頃父が体調を崩したため勤務先会社を退職し父がしていた●●●の事業を手伝うようになった。●●●は産業廃棄物の運搬処理を行うものである。平成五年八月八日に父が死亡して以後は原告は●●●を一人で行うようになった。●●●に従業員はいない。
原告の家族には妻と一人の子がおり、母は鶴見区の実家で一人で暮らしている。原告は被告会社の勧誘に従って本件売買を行った以前には商品先物取引を行った経験を有しない。株式取引の経験もない。過去の投資経験としては田中貴金属工業株式会社の金定額総合口座において月々金一〇、二五〇円を積み立て、プラチナ定額口座において月々金三、〇七五円を積み立てていたことがある。また五年満期の投資信託を購入したこともある。
平成六年三月当時の原告の平均月額収入は約金四〇万円であり、内金三〇万円を家庭に入れ、原告名義では事業資金、将来の住宅購入に向けた預金約金六〇〇万円があった(甲第一〇号証ないし同第一二号証。弁論の全趣旨)。
2 原告は読売新聞を購読しており、田中貴金属との前記取引は同新聞紙上の広告を見て会社に問い合わせたことをきっかけとするものであった。
原告は平成六年三月一七日頃(以下、年を省略した日付表示は全て平成六年を表す)、読売新聞に掲載された「金価格はいつあがるのか」のキャプションが付された被告会社の広告に目を止めた。同広告を見た原告は、自らが過去にしたことのある田中貴金属における取引と同種の取引であるかと考えて同日被告会社に問い合わせの電話をした。原告の電話には被告会社の女性が応対したが、同女性は、折り返し電話をします、として原告の住所、氏名、電話番号を尋ねたので原告はこれに答えた(甲第一〇号証、原被告本人)。
3 右のとおり原告が被告会社に電話をした直後、被告Y1から原告に取引勧誘の電話があった。被告Y1は原告に対し、一度説明に行くので話しだけでも聞いてほしいと述べたが原告は被告Y1の来訪を拒絶した。その後二、三回にわたり被告Y1は原告に同様の電話をしたが原告は被告Y1の来訪を断っていた。
被告Y1は三月二二日原告の実家を訪問したが原告が不在であったので、金取引の手引き、営業案内等の資料を置いて帰った。
被告Y1は同月末頃原告と面談し、金先物取引の勧誘をした。被告Y1は金の取引で四パーセント以上の利息が取れる、銀行ではとれない利回りである、安心だから三〇〇万円でも六〇〇万円でも預けてほしいと勧誘をしたが、原告はそんな金はないとして被告Y1の勧誘を断った(甲第一〇号証。原告本人)。被告Y1はこのとき金価格が過去一、二〇〇円台であったことを原告に告げ現在価格上昇中である旨を述べている(原告本人)。
4 三月三〇日午前一〇時頃、被告Y1は原告方に電話をして金の先物取引の勧誘をした。被告Y1はこのとき金価格は一グラム一、三一一円(以下価格については全て一グラムの価格である)であると述べ、今後この価格はどんどん上昇するという見込みを述べて原告に購入方を勧誘した。しかし原告は以前被告Y1にあったときに金価格が一、二〇〇円なにがしであったことの説明を聞いていたので、買うのだったら一、二〇〇円くらいと思っていると述べて被告Y1の勧誘を断った(乙第一九号証の一)。
四月一日午前八時頃、被告Y1は再び原告方に電話をして金の先物取引の勧誘をした。被告Y1は「アメリカの株式市況が完全に天井つけた」として週明け以降は一斉に値段が吹き上げるとの予測を示した。被告Y1は前日の金価格が一、三〇七円であったこと、この価格は一、四五〇円から一、五〇〇円になる、あるいは一、六〇〇円とか一、八〇〇円になってもおかしくないとの見通しを述べて原告に値上がりの期待を抱かせた。被告Y1のこの勧誘を受けて、原告は取引を開始する意向を持った。被告Y1は原告に対し二二五万円あれば三〇枚買うことが出来る旨を申し述べ、二二五万円の預り証をもって訪問するので現金を用意しておくように要請した(乙第一九号証の二)。
同日午前九時三〇分頃、被告Y1は原告の鶴見区の実家を訪問した。当時原告方には妻と母が在宅していたが、原告は被告Y1との話を妻らに聞かれないために被告Y1を二階にとおした。原告がこのようにしたのは、原告としては六〇〇万円の預金の一部を被告会社における取引に充てるつもりでいたところ、若しこれを妻に知られるところになれば、先に住宅を購入してくれと反対されることをおそれたためである。このときも被告Y1は金の値上がりは間違いないものと強調した。被告Y1は取引の開始に必要であるとして原告の商品取引についての知識等を確認するアンケートを実施したが、原告は被告Y1の指示に従ってアンケートの該当個所に丸印等を記載した(乙第三号証)。更に原告は商品取引所における商品取引を委託する約諾書の作成を始めたところ、原告の態度を不審に感じた妻が原告らがいた部屋に入ってきたので、原告は作成途中の書類を妻の目に触れないように隠した。このため当日は取引委託契約の約諾書を完成させるには至らなかった(甲第一〇号証。原告本人)。
被告会社においては顧客カードを作成して顧客の基礎資料とする扱いである。被告Y1は三月三〇日頃顧客カードを作成したが、原告の預貯金額、職業等については原告に確かめることなく、推測でその内容の記載をした(乙第二一号証、被告Y1本人)。
5 四月四日午前一〇時頃、被告Y1は再度原告方に電話をして金の買付を勧誘した。被告Y1は現在の金価格が一、三三六円であるとして、これが上昇傾向にあることを強調した。原告はその値段が高いのではないかと躊躇したが、被告Y1は一、四五〇円に行くという自らの見込みを強調して原告の不安を除き、一一時頃に原告宅に行くので金二二五万円を用意しておくように原告に伝えた(乙第一九号証の三)。
同日午前一一時頃、被告Y1は原告の実家に赴き原告から取引開始にあたっての委託証拠金二二五万円を預かると共に、これと引換に委託証拠金預り証を原告に交付した(乙第六号証の一、二。原告に交付した預り証はその日付が四月一日になっており、被告Y1が四月一日に用意していたものと同じものと認められる)。このとき被告Y1は原告に対し商品先物取引委託のガイドと称するパンフレットを原告に交付した。同日原告には外出の予定があり、三〇分程度被告Y1の話を聞いた。
被告会社に戻った被告Y1は同日午後、二月限の金三〇枚の買建をした。買建価格は一、三三五円である。
6 四月五日午前九時三〇分頃、被告Y1は原告に対して成立値段の報告をした。
同日一一時頃、被告会社東京本社のBは原告方に電話をし、原告の取引の内容について確認した。Bは原告に対し、商品取引の仕組み、追証拠金が必要になることなどについて理解しているか尋ねたところ、原告はさっき電話で聞いた、と返答した(乙第一九号証の一一)。
7 四月一二日、金価格が一、二九〇円まで下落して原告の取引に追証を入れることが必要となったので、被告Y1は原告に電話をしてその旨を伝えた。被告Y1は今回の値下げは一時的なものであり近く価格は回復するであろうとの見通しを述べた(乙第一九号証の四)。四月一三日、原告は被告Y1を通じて被告会社に対し、追証として金一、一二五、〇〇〇円を支払った(乙第六号証の三)。
8 四月二五日、被告Y1は原告に電話をして当日の終値次第では再び追証を入れる必要があることを告げた。被告Y1は来週にでも値が上がれば返還することが出来るものであると説明する一方で、現在の建玉を全部処分した場合は残金は七〇万円程度になることを説明した。この説明を聞いた原告は被告Y1に対し、勧誘のときの説明が不十分であったと抗議した。これに対して被告Y1は説明はしたものと返答し、値下げは一時的なものであるから追証を出してがんばってほしいと原告を説得した(乙第一九号証の五)。
四月二六日、原告は被告Y1を通じて被告会社に対し、追証として金一、一二五、〇〇〇円を支払った(乙第六号証の四)。
9 八月二二日、被告Y1は原告に電話をして三たび追証が必要になっている旨を告げた。原告はそれ以前に既に被告の東京本社に苦情を申し立てていたが、被告Y1からの電話に答えて弁護士を立てて対応する旨を伝えた。被告Y1は手仕舞いを提案したが、このとき原告はその決断が出来なかった(乙第一九号証の九)。
翌二三日の被告Y1からの電話に対し、原告は「後でもう一回我慢しなかったと言ってがくっとくるのも嫌やしな」として、再度追証を入れることを承諾した(乙第一九号証の一〇)。
八月二四日、原告は被告Y1を通じて被告会社に対し、追証として金一、一二五、〇〇〇円を支払った(乙第六号証の五)。
10 平成七年一月三一日、被告Y1は原告に電話をして金価格が一、一九六円であることを告げた。その上で原告が有する建玉は二月限のものであるので証拠金が五割高くなる、もし入金が難しいのであれば同建玉を処分して他の限月のものに乗り替えてはどうかと提案した。原告は被告Y1の説明を理解せず、そのときは対処についての結論はでなかった(乙第一九号証の一二)。
その後の原告と被告Y1は原告の建玉の処分について数度にわたって電話で話をしたが、最終的には平成七年二月八日の電話で原告は自己の建玉の全部を処分することを被告Y1に伝えた(乙第一九号証の二一)。
被告会社は同日原告の建玉の全部を処分し、金四、三七二、一二〇円の売買損が確定した(甲第四号証)。
二 以上のとおり認められるのでこれを前提に判断する。
1 先物取引とは、将来の一定時期に商品とその対価を受け渡しによって決済することを目標としながらも、受渡時期までの間に反対売買(売契約は買戻、買契約は転売)を行って、当初の契約値段と反対売買による仕切値段の差額を支払い、または受け取る決済方法を制度として認めた取引である。先物取引と現物取引との差異は反対売買による差金決済が自由に行える点にある。先物取引市場では新規売買契約のほとんどが反対売買で決済され、現物の受け渡しによる決済は少ない。我が国の商品先物市場においては受渡高は総売買高の一パーセント未満であると言われている。
右のとおり先物取引においては、当初から現物の受け渡しを行う意志を持たない、差金決済を目的とした売買取引が認められている。またこの取引を行うにあたっては売買代金の全額を用意する必要はなく、商品の約定代金の一〇パーセント程度の証拠金をもって売買約定を行うことが認められている。従って先物取引は投機を目的とする者の参加を前提とする市場である。
原告が被告会社との委託契約によって開始した金先物取引は以上のような性格を持つ。
2 前記のとおり先物取引においては、取引を行う者は取引開始の時点において代金の全額を用意することは必要ではなく、委託証拠金と言われる約定代金の一〇パーセント程度の金員を用意すれば足りる。ところで商品取引所の商品価格は日々変動するものであるので、顧客の持つ建玉は約定が成立したときの値段と毎日の最終約定値段との間に価格差が生ずることとなるが、商品取引所においては値洗いと称してこの価格差の計算を行っている。そうして値洗いの結果、顧客のある時期の損失の額が委託証拠金の五〇パーセント相当額を超えた場合において顧客がその建玉を手仕舞いせず維持しようとするときは、顧客は委託追証拠金(追証)を追加して納めることが必要となる。追証は委託証拠金の担保不足を補うための証拠金であるから委託証拠金の不足が生じた日の翌営業日の正午までに預託しなければならないものとされている。
顧客は自己の建玉を反対売買によって決済するほか、現実の商品の受け渡しによってこれを決済できること前記のとおりである。顧客の建玉が当月限納会日の属する月に至ったときは委託証拠金に加えて委託定時増証拠金(定増)を預託しなければならない。そして自己の建玉に決済期が到来したときは、顧客は委託証拠金のほぼ一〇倍にあたる代金の支払をして商品の現実の引き取りをすることを求められる(しかしながら先物取引市場において現物の受け渡しによる決済がされることがほとんどないのは前記のとおりである)。
3 先物取引の性格は以上のとおりのものであって、従ってこれは顧客にとって極めてリスクの大きな取引である。
現在商品先物取引は国内において一般化しているところではあるが、一般の投資家ことに過去に商品先物取引を行った経験を持たないものは、これら先物取引の危険性についての認識が一般に不足しているものと認められ、一方これを勧誘する商品取引の受託会社(以下「受託会社」という)においては一般投資家に対して投資商品を提供することによって利益を得るという立場にあることからすると、受託会社が投資家に商品先物取引を勧誘する場合においては、投資家が当該取引に伴う危険性について的確な認識形成を行うのを妨げるような虚偽の情報又は断定的判断を提供してはならないのはもちろん、投資家の財産状態や投資経験に反して明らかに過大な危険を伴うと考えられる取引を積極的に勧誘することを回避すべき注意義務を負うものと解するべきであるし、また一般投資家に商品内容が複雑でかつ取引に伴う危険性が高い投資商品を勧誘するにおいては、勧誘を受ける投資家が当該商品に精通している場合を除いて、信義則上投資家の意思決定にあたって認識することが不可欠な商品の概要および当該取引の危険性について説明する義務があると言うべきである。
これを金先物取引にあてはめれば、商品を勧誘する者(受託会社)としてはその勧誘にあたって、商品の価格形成の要因は政治体制および社会構造の変化、生活様式の多様さ、消費される商品の量、商品相互の価格の関連性等極めて複雑なものであること、先物取引においては限月として予め商品の決済期日が定められているがこのときまでに差金決済を行わない場合には商品価格の一〇倍を超える価格を支払ってこれの引き取りをすることが必要になること、限月を迎えるまでの間に反対売買による差金決済をすることは可能であるがその間においても値洗い損が発生したときには当初の委託証拠金に加えて追証を納める必要があり、しかもこの追証が必要となるのは一度に限らない、と言う点については少なくともこれを説明すべき義務があると言うべきである。またその説明においては、先に述べた投資家の判断を誤らせる虚偽情報ないし断定的判断の提供があってはならないことは言うまでもないところである。
商品取引の受託会社が行った投資家に対する具体的な勧誘行為が違法であるかどうかは右に述べた観点から判断されるべきものであるが、その説明の違法性の有無は個々の投資家の具体的な経験、具体的な判断能力に応じて個別に判断されるべきものである。
三 ところで被告らは原告が先物取引の知識を持たない一般投資家であるという事実を争い、原告が独自の相場観と先物取引についての具体的な知識を有する投機家であるものと主張している。
原告の投資家としての経験については先に認定したとおりのものであって、このことに鑑みると原告が先物取引に精通し、独自の相場観をもった投機家であるものとは到底言えないのであって、却って原告は先物取引の知識経験を全く有さないものであったと認められる。
被告らは平成六年三月三〇日、同年四月一日における被告Y1と原告との電話による会話の内容をとらえ、原告が金相場について金一、二〇〇円を買い時と判断していたという独自の「相場観」を有していたものであるというが、乙第一九号証の一、二によれば、原告が述べる金の価格についての見通しなるものは極めて断片的なものであり、被告らが強調する原告が自ら金価格について一、二〇〇円という具体的なものに言及したという点についても、原告が三月三〇日以前に被告Y1と面談した際に金価格が過去一、二〇〇円であったことを聞かされたことを根拠にしているのに過ぎないものと窺われ、またこれを単に被告Y1の勧誘を拒絶するためのその場しのぎの口実にしているに過ぎないものと解せられる。
四 原告のような先物取引の知識経験を持たないものに対して取引を勧誘するにあたって受託会社が従うべき義務の内容については既に判示したところである。受託会社に課せられる右の義務に鑑みるときは、被告Y1がした本件売買の勧誘行為は以下のとおりの義務違反を構成し、その勧誘は不法行為を構成するものと認める。
1 被告Y1が平成六年三月三〇日並びに同年四月一日に行った電話での勧誘においては、同人は原告に対し先物取引の危険性について全く説明していない。
右の電話の内容については既に先に認定したところであるが、乙第一九号証の一、二によればその内容は専ら「明日間違いなく値上がりする」「銀行に預金しておくよりよい」「投資対象として選ぶのは貴金属しかない」「来週あたり火を噴く」「一、四五〇円が目安」など、金の値上がりによって儲けが確実になることの言辞に終始し、先物取引の危険性については一切触れるところのものではない。これは受託会社の勧誘者に禁ぜられる断定的判断の提供、誤導の表示というほかない。
被告Y1は本人尋問において、右の電話の機会には先物取引の危険性について説明することはなかったが、四月一日と四月四日に面談した際にはこれを説明したものと述べるところである。しかしながら顧客との最初の電話で取引の危険性について説明することは極めて容易なことであるのは明らかであり、現にその会話においては取引の危険性、即ち商品価格の形成要因は極めて複雑なものであること、建玉を決算時期まで持っていた場合は現物の決済が必要となるがそのためには委託証拠金の一〇倍を超える資金が必要なこと、値洗い損の生じたときは追証を入れなければならないことなど一切説明を行わないでいながら、面談の時期においてはこれを十分に説明したなどとは到底信用することが出来ない(なお被告Y1は原告に面談する以前において先物取引に関する資料を原告に交付し、四月四日には商品先物取引委託のガイドを原告に交付したものであることが認められるが、これら書類の交付のみを持って新規委託者に対する説明が尽くされたものと解することが出来ないのは言うまでもないところである)。
2 原告はいわゆる新規委託者と言われる種類の顧客であって、受託会社が遵守すべき準則によれば、原則としてその建玉が二〇枚を超えてはならないと定められている。これは先物取引の持つ危険性から新規顧客を保護するために設けられた規制と解されるところ、被告Y1は原告に対する勧誘において右制限を無視し当初から三〇枚の建玉の勧誘を続けたものであること前認定のとおりである。
これに対し被告は前記保護規定は外務員の独断で二〇枚を超える枚数の受託が出来ないことが定められているものに過ぎず、金の相場を観察し、チャートを見、自らの相場観を持って取引を求め、その取引資料を被告会社に求めてきたほどの原告にとって、然るべき手続の下に建てた三〇枚の金の建玉が不相当なものとは到底言えないと主張する。
しかしながら原告が先物取引について全く経験のないものであったことは前認定のとおりであり、また原告が被告会社との取引を開始するに至った端緒が原告の被告会社に対する電話にあることは被告らの指摘のとおりであるけれども、原告が被告会社に電話をしたのは読売新聞の広告を見てこれを自らが過去にしたことのある田中金属工業株式会社における金貯蓄取引と同種の取引であるものと誤信した結果であることが明らかであるから、自らの相場観を持って取引を求めてきたとする被告らの主張は採用することが出来ない。
よって被告Y1が原告に対して行った金三〇枚の建玉の勧誘は不相当なものというほかはなく、このことは被告会社がした勧誘の違法性を判断するにおいて重要な考慮の対象となるものと言うべきである。
3 以上のとおりであるから被告Y1が行った勧誘行為はこれを全体として見れば、社会通念上証券取引における受託会社、外務員として許される域を超えたものと言うべきであって、不法行為を構成すると言うべきである。
五 原告は本件取引によって被った損失額の全部、即ち原告が被告会社に対し委託証拠金並びに追証拠金として支払った合計額から、差金決済後売買差損を清算して返却された金額を控除した額の全部を本件不法行為に基づく損害としてその賠償の請求におよぶものであるが、本件の経過に鑑みるときはこの全部を被告らの不法行為と相当因果関係のある損害と解することは出来ない。
蓋し原告が本件取引を行うことを決断するに至ったのは、前認定のとおりの被告Y1による違法な勧誘によるものとはいえ、被告Y1がする説明を聞けば、少なくともそれが当初自分が求めていた金貯蓄に類似した安全な取引とは異なる種類のものであることは理解し得たはずであり、取引の開始時点において原告側にも不注意の存在したものであることは否定できないこと、少なくとも平成六年四月二五日に被告Y1が二回目の追証の支払いを求めて原告に連絡をしてきたときには、手仕舞いをして損失の確定をする機会もあったのであるから、追証を納めたことはここにおいても被告Y1の金価格がさらに上昇するという言葉に引きずられた点があるとはいえ、このときには既に被告Y1の勧誘文言がいかに根拠の乏しいものであるかについては通常人であれば当然思いを巡らせるべきであるという点に鑑みると、本件において原告が被った損失をより低いものにとどめる可能性は、原告の態度次第では可能であったものと言わざるを得ないからである。これらの事情に鑑みるときは、原告が被った損失のうち被告の不法行為と相当因果関係ある損害は、金二二五万円の部分に限られるものと認める。
原告が本件損害の回復のために弁護士に依頼して本訴を追行せざるを得なかったものであることは明らかなところ、その弁護士費用については金二五万円を以て本件被告らの不法行為と相当因果関係のある損害と認める。
よって被告らは原告に対し、金二五〇万円の賠償をするべきである。
(裁判官 川谷道郎)